ツンデレかぐやちゃん(竹取物語)

竹取物語を現代風に訳してみました

子安貝奪取作戦第二弾、開始

 それからというもの、石上麻呂足は、
子安貝は取れたか」
子安貝はまだか」
とひっきりなしに催促。でも、燕は、逆に人がいっぱい集まって来ちゃったから、警戒して巣に寄りつかなくなっちゃったのさ。その様子を聞いて麻呂足、
「いや~、困った・・・どうしよう・・・」
と思っていると、食糧倉庫の管理をしている役人の倉津麻呂というお爺さんが来て、
子安貝が欲しいのならば、良い方法を教えましょうか?」
なんて言ってきたので、麻呂足は「是非頼む」と言わんばかりに、おでこがくっつきそうなくらい顔を近づけて真剣な顔をしたんだって。すると、倉津の爺さん、
「あのような方法では、燕の子安貝は取れませんな。あのような高いところに20人も上らせて、大勢で大げさに騒ぎ立てては、燕はあちこちに散ってしまって寄ってなんか来ませんわ。子安貝を取ろうと思うなら、まず、梯子を全部取っ払って、人もみな近寄らないようにして、ロープを着けた籠にしっかりした人を1人だけ乗せて、燕が子供を生んだときに、そのロープを引っ張って上に持ち上げる。そうすりゃ、間違いなく取れますよ」
と、その方法を教えると、麻呂足、
「おお、まさにそれだ」
と、今までかけていた梯子を全部取り外して、人を皆帰したんだって。
 ところが、そこで、ふと、あることに気づいた麻呂足、
「そう言えば、燕が子供を生んだことをどうやって知ればいいんだい? 梯子、外しちゃったけど。このままじゃ、籠を上に引っ張り上げるタイミングが分からんだろ」
と倉津の爺さんに聞くと、爺さんは
「いやいや、心配ご無用。燕は子供を生むときに『しっぽをピンと立てて、巣の中で7回クルクルと回ってから生む』という習性があるんじゃ。だから、下から見ていて、燕が回りだしたら、そのときに籠を引き上げて、子安貝を取ればいいんじゃよ」
と説明。それを聞いた麻呂足、
「いやあ、素晴らしい」
と、この事を秘密にして、みんなには知らせず、こっそり見張りの男達の中に混じって、自分も一日中見張ることにしたんだって。


 そして、倉津麻呂が子安貝の取り方を教えてくれたことに対しても、
「私に仕えている訳ではないのに、私の願いを叶えてくれるなんて、本当に嬉しい」
と、自分の着ている服を褒美に与えて、さらに
「実際に子安貝を取るときにも、あなたのアドバイスが必要になるかも知れないから、夜になったら、また、食糧倉庫に来てくれないか」
とお願いしたんだってさ。

<ワンポイント解説>
 今でもいますよね、自分でやったことも無いのに「こうしろ、ああしろ」と知ったかぶりをして口を挟んで来る人。その代表がこの倉津麻呂の爺さんです。


 また、自分の来ている服をその場で脱いで、褒美として相手に与えるという習わしは、かなり一般的に行われていたようです。他の古文でもそういうシーンが出てきますので、ここで覚えておくといいでしょう。

<参考用原文>
 殿より使ひひまなく賜はせて、
「子安の貝取りたるか」
と問はせ給ふ。燕も、人のあまた上り居たるにおぢて、巣にも上り来ず。かかる由の返事を申したれば、聞き給ひて、
「如何すべき」
とおぼし煩ふに、かの寮の官人倉津麻呂と申す翁申すやう、
子安貝取らむとおぼし召さば、たばかり申さむ」
とて御前に参りたれば、中納言、額を合はせてむかひ給へり。
 倉津麻呂が申すやう、
「この燕の子安貝は、悪しくたばかりて取らせ給ふなり。さてはえ取らせ給はじ。あななひにおどろおどろしく二十人の人の上りて侍れば、あれて寄りまうで来ず。せさせ給ふべきやうは、このあななひをこほちて、人皆退きて、まめならむ人一人を荒籠に乗せ据ゑて、綱を構へて、鳥の子産まむ間に綱をつり上げさせて、ふと、子安貝を取らせ給はむなむ、よかるべき」
と申す。
 中納言のたまふやう、
「いとよきことなり」
とて、あななひをこほち、人皆帰りまうで来ぬ。
 中納言、倉津麻呂にのたまはく、
「燕は、いかなる時にか子産むと知りて、人をば上ぐべき」
とのたまふ。倉津麻呂申すやう、
「燕、子産まむとする時は、尾を捧げて七度めぐりてなむ、産み落とすめる。さて、七度めぐらむ折、引き上げて、その折、子安貝は取らせ給へ」
と申す。
 中納言喜び給ひて、よろづの人にも知らせ給はで、みそかに寮にいまして、男どもの中に交じりて、夜を昼になして取らしめ給ふ。倉津麻呂かく申すを、いといたく喜びて、のたまふ。
「ここに使はるる人にもなきに、願ひをかなふることのうれしさ」
とのたまひて、御衣脱ぎて被け給うつ。
「更に夜さりこの寮にまうで来」
とのたまうて、遣はしつ。

石上麻呂足、子安貝奪取作戦開始

 さて「燕の子安貝」を持っていくことになった石上麻呂足は、家に仕えている男達に
「燕が巣を作ったら、私に教えてくれないか」
と命じたんだけど、それを聞いて、集まっていた男の中の一人が
「それをどうするつもりなのですか?」
と聞き返したんだって。それに、石上麻呂足は、
「燕が持っているという子安貝をとるためだよ」
と返事をすると、その男、子安貝の事を知っていたようで
子安貝というのは、燕を殺して腹の中を見ても、全然無かったという話を以前聞いております。何でも、燕が子供を生むときだけ、なぜか巣の中にあるようで、燕はそれをお腹の下に隠しているんだとか。そして、人間が見るとすぐに消えてしまうものなんだそうです」
と、子安貝の説明をしてくれたんだって。すると、それに続いて、別の男も
「そう言えば、帝の食糧倉庫の軒の柱の一本一本に、それぞれ燕が巣を作っているはずです。そこにしっかりした者を連れていって、大きな梯子を作り、巣の中を覗いてみれば、子供を産んでいる燕が見つかるのではないでしょうか。その巣から子安貝を取ればいいのではないかと思います」
と策を授けると、石上麻呂足は喜んで、
「ほほう、なるほど。それは興味深い話だな~。いやあ、全然知らなかったよ~」
と言うと、すぐに20人くらいのしっかり者を選んで、足場を組んで、梯子を屋根に掛けたんだって。

<ワンポイント解説>
 原文では「食糧倉庫」は「大炊寮」、本来は食料全般を扱う役所のような所なんだそうです。「梯子」は「櫓(やぐら)」となっています。最近では「火の見櫓」なんて言っても知らない子が多かったりしますので、今風に直してみました。


 また、石上麻呂足も実在の人物。こちらも壬申の乱の際に功績があった人です。
 そして、ここに出てくる5人についてですが、加納諸平さんが「日本書紀」の中に「阿部御主人、大伴御行石上麻呂藤原不比等、丹比真人」の5人の名前が出てくる箇所を差して、ここから取ったのではないか、という説を提唱しています。ですから、少なくとも阿部御主人、大伴大納言、石上麻呂の3人は同時代の人物で、この物語の時代のイメージを決定づけていると言えそうです。

<参考用原文>
 中納言石上麻呂足の、家に使はるる男どものもとに、
「燕(つばくらめ)の、巣くひたらば、告げよ」
とのたまふを、承りて、
「何の用にかあらむ」
と申す。答へてのたまふやう、
「燕の持たる子安貝を取らむ料なり」
とのたまふ。男ども答へて申す、
「燕をあまた殺して見るだにも、腹に無きものなり。ただし、子産む時なむ、いかでか出だすらむ、はらかくると申す。人だに見れば失せぬ」
と申す。
 また人の申すやうは、
「大炊寮の飯炊く屋の棟に、つくのあるごとに燕は巣をくひ侍る、それに、まめならむ男どもを率てまかりて、あぐらを結ひ上げて、うかがはせむに、そこらの燕、子産まざらむやは。さてこそ取らしめ給はめ」
と申す。中納言喜び給ひて、
「をかしきことにもあるかな。もつともえ知らざりけり。興あること申したり」
とのたまひて、まめなる男二十人ばかり遣はして、あななひに上げすゑられたり。

大納言、かぐや姫を人殺し呼ばわり

 それで、国の役人に言って、担架を作ってもらって、それに乗ってウンウン呻きながら家に帰ったんだけど、その話をどこからか聞きつけて、部下達が大伴大納言の家にみんな集まってきて、
「竜の首の珠を取ってくることが出来なかったため、今まで、大納言様の所に戻ってくることが出来ませんでした。ですが、竜の首の珠を取ってくることが困難な事であると、大納言様もご承知されただろうと思って、ここに帰って来た次第でございます」
と言うと、大伴大納言も起きあがって
「おまえ達、よくぞ首の珠を取らずに帰ってきた。わしもようやく分かったが、竜は雷神のような存在で、もし、首の珠を取ろうと思って出かけていったら、おまえたち自信が被害にあっただろう。また、首尾良く竜の首の珠を取ってきたところで、竜の怒りに触れ、それを命じた私自身が竜に一発でやられていただろう。本当に、よく捕らえずに帰ってきた。かぐや姫というのは、本当にとんでもない悪女だ。竜の首の珠を欲しいと言っていたが、本当は、わしを殺そうとしたんだ。わしは、もう、あの家には近づかん。おまえ達もあの女のところに行っちゃいかんぞ」
と言って、家に少し残っていた金銭などを部下に与えたんだって。


 ただ、離縁されていた前妻などは、この話を聞いて腹を抱えて笑ったし、かぐや姫を迎えようとして造った立派なお屋敷の屋根の飾りにしていた糸は、巣作りをしているカラスやトンビに持って行かれてボロボロ。
 そして、世間でも、大伴大納言の噂話でもちきり。
「大伴大納言は、竜の首の珠を持ってきたんだろ?」
「いやいや、持ってきたのは、目ん玉に着けたスモモの玉が二つさ」
「え? そんな玉じゃ食べられないじゃん」
なんて、笑い話をしていたんだって。
 その「食べられない」が、後になって言葉が変わっていって「耐えられない」になったんだそうだよ。なんちゃって~。

<ワンポイント解説>
 冒頭の「ウンウン呻く」は、原文では「によふによふ(にょうにょう)」。「によふ」で呻くという意味です。当時は、うめき声が「ニョウ」に聞こえたんでしょうか?


 また、例によって、なんちゃって解説は、やはり掛詞になっています。「たへがたし」は「食べがたし」と「耐え難し」の両方に読めることから「食べられない」が「耐えられない(あまりに酷くて我慢できない)」の意味に変わったという話になっています。

<参考用原文>
 国に仰せ給ひて、手輿作らせ給ひて、によふによふ荷はれて、家に入り給ひぬるを、いかでか聞きけむ、遣はしし男ども参りて申すやう、
「竜の首の珠をえ取らざりしかばなむ、殿へもえ参らざりし。珠の取り難かりしことを知り給へればなむ、勘当あらじとて参りつる」
と申す。 大納言起き居てのたまはく、
「なんぢらよく持て来ずなりぬ。竜は鳴る雷の類にこそありけれ。それが珠を取らむとて、そこらの人々の害せられむとしけり。まして竜を捕らへたらましかば、また、こともなく、我は害せられなまし。よく捕らへずなりにけり。かぐや姫てふ大盗人の奴が、人を殺さむとするなりけり。家の辺りだに今は通らじ。男どももな歩きそ」
とて、家に少し残りたりける物どもは、竜の珠を取らぬ者どもに賜びつ。

 これを聞きて、離れ給ひし本の上は、腹をきりて笑ひ給ふ。糸を葺かせ造りし屋は、とび、からすの巣に、皆くひもていにけり。世界の人の言ひけるは、
「大伴の大納言は、竜の首の珠や取りておはしたる」
「否、さもあらず。御眼二つに、すもものやうなる珠をぞ添へていましたる」
と言ひければ、
「あなたべ難」
と言ひけるよりぞ、世にあはぬことをば、「あなたへ難」とは言ひ始めける。

大納言、竜退治に失敗

 すると、どうしたことか、突然、風が強くなり、辺り一面、真っ暗。その風に吹かれて船がどんどん沖の方に流されていって、どこに来たのかも分からなくなったところに、高い波がザバーンと船に打ちつけてきて、船の中にまで海水が入り込んでくるし、おまけに雷も船に落ちそうになるくらいビカビカと光りまくって大変なことに。そして、その様子を見て大伴大納言は完全にオロオロしちゃって
「いやいや、こんな目には、今まで会ったことがない。いったいどうしんだ、これは」
と大声を上げたんだって。すると、船頭が、それに答えて、
「おいらも長年船に乗ってきたけど、こんな目に会うのは初めてさ。このままじゃ、この船、波に飲まれるか、それでなければ雷に当たって沈没してしまうよ。もしも、神様が助けてくれるって言うんなら、南海の方に吹かれていって、何とかなるかも知れないけど・・・あ~あ、ろくでもないやつの言うことを聞いたばっかりに、こんなところで死ぬことになるなんてよ~」
と、ついには泣き出す始末。すると、大伴大納言、
「船に乗ったら船頭に従えと言うではないか。その船頭がそんな情けないことでどうする」
と怒鳴るんだけど、そういう大伴大納言自身は、船酔いでゲロゲロ。それを聞いた船頭も、
「俺は神様じゃねえんだから、そんな都合良く行くわけねえだろ。突風が吹いたり、波が荒れたり、雷がビカビカ鳴っているんだって、元はと言えば、あんたが竜を殺そうとしたからじゃねえか。突風だって、何だって、これ、全部竜の仕業さ。ほら、あんたも命が惜しかったら、早く神様に祈らねえか」
と言うと、大伴大納言も、竜の怒りに触れたと聞いて、急に背筋が寒くなって、
「分かった。そのようにしよう」
と返事をすると、船頭の言うとおりに
「船の神様、どうか聞いてください。大したことが無いくせに、子供っぽい考えで、ついのぼせ上がって、竜を殺そうなんて言い出してしまいました。今後は、竜の毛の一本にさえ触れることは致しません。ですから、どうかお助けください」
と、その場に立って泣きべそをかいたまま、誓いの言葉を何度も繰り返したんだって。すると、千回くらい繰り返したあたりで、雷はだんだん収まって来て、時折ちょっと光る位になったんだけど、風は依然として強くて、船がどんどん流されていってしまったのさ。すると、船頭が
「この風は、竜の仕業だけど、どうやら竜も怒りを収めて、良い風を吹いてくれたんだよ。悪い風じゃねえよ。良い方向に向かって船が進んでいるぜ」
と難を逃れた事に気づいて、そう言ったんだけど、大伴大納言、完全に竜にビビッちゃって、船頭の言うことも耳に入らなかったんだって。


 それから3、4日風に吹かれているうちに、ある浜に漂着。その浜は、なんと兵庫県の明石の浜。だけど、大伴大納言は、どこか見知らぬ国に漂着したと思って、ため息をついて寝たまま船から出てこようとしなかったんだって。それで、船頭が国の役人に伝えたところ、地方の役人達がやってきたんだけど、それでも、船の底の部屋に籠もったまま、いつまで経っても出てこなかったんだって。
 そこで、浜にむしろを敷いて、みんなで抱えて大伴大納言をそこまで降ろしたんだけど、そこで初めて大納言、見知らぬ国じゃないと言うことに気づいて起きあがったんだって。ところが、その姿が大変な事になっていて、海水を飲み過ぎたのか、重病人のようにお腹がパンパンに膨れ上がり、泣きはらした目の周りもスモモを二つくっつけたように大きく腫れ上がっていて、それを見た国の役人達は、思わず笑っちゃったのさ。

<ワンポイント解説>
 大伴大納言のお腹が膨れていたというのは、原文では「重病人のようにお腹が膨れていた」としか書いてありません。元々持病を持っていたのではないか、という解釈になっている訳もありますが、個人的には、作者は茶目っ気のある人だし、ここでお腹が膨れたということは、何かで腹がパンパンになっていて、それで重病人のようだった、という話にしたのだろうと思い「海水をたらふく飲んだ」という話にしました。

 また、それと同様、目が腫れていたのもずっと泣いていたためとしています。それというのも、本当に重病人なら、迎えに来た役人たちも笑っている場合ではないはずなのですが、笑っているところを見ると、おそらく、大納言の目の腫れをみて、船の底でビビッてずっと泣いたままだったんだと、迎えに来た役人たちが皆、気づいたのだろうということですね。
 ですから、ここでの大伴大納言は「竜が出てきたら、結局、ビビッてしまって、ずっと泣いたままだった情けないやつ」という設定になっているのではないかという解釈をしています。

<参考用原文>
 いかがしけむ、疾き風吹きて、世界くらがりて、船を吹きもて歩く。いづれの方とも知らず、船を海中にまかり入りぬべく吹きまはして、浪は船にうち掛けつつまき入れ、雷は、落ちかかるやうにひらめきかかるに、大納言は惑ひて、
「まだかかるわびしき目見ず。如何ならむとするぞ」
とのたまふ。かぢ取り答へて申す、
「ここら船に乗りてまかり歩くに、まだかかるわびしき目を見ず。御船海の底に入らずは、雷落ちかかりぬべし。もし幸ひに神の助けあらば、南海に吹かれおはしぬべし。うたてある主の御もとに仕うまつりて、すずろなる死にをすべかめるかな」
とかぢ取り泣く。 大納言これを聞きてのたまはく、
「船に乗りてはかぢ取りの申すことをこそ、高き山と頼め。などかく頼もしげなく申すぞ」
と青反吐を吐きてのたまふ。かぢ取り答へて申す、
「神ならねば何業をか仕うまつらむ。風吹き、浪烈しけれども、雷さへ頂に落ちかかるやうなるは、竜を殺さむと求め給へば、あるなり。疾風も竜の吹かするなり。はや神に祈り給へ」
と言ふ。
「よきことなり」
とて、
「かぢ取りの御神聞こしめせ。をぢなく、心幼く、竜を殺さむと思ひけり。今より後は、毛の一筋をだに動かし奉らじ」
と、寿詞を放ちて、立ち居、泣く泣く呼ばひ給ふこと、千度ばかり申し給ふけにやあらむ、やうやう雷鳴りやみぬ。少し光りて、風はなほ疾く吹く。 かぢ取りの言はく、
「これは竜の所為にこそありけれ。この吹く風は、よき方の風なり。悪しき方の風にはあらず。よき方に赴きて吹くなり」
と言へども、大納言は、これを聞き入れ給はず。
 三、四日吹きて、吹き返し寄せたり。浜を見れば、播磨の明石の浜なりけり。大納言、「南海の浜に吹き寄せられたるにやあらむ」と思ひて、息づき臥し給へり。
 船にある男ども、国に告げたれども、国の司まうでとぶらふにも、え起きあがり給はで、船底に臥し給へり。松原に御筵敷きて、下ろし奉る。その時にぞ、「南海にあらざりけり」と思ひて、からうして起き上がり給へるを見れば、風いと重き人にて、腹いとふくれ、こなたかなたの目には、すももを二つつけたるやうなり。これを見奉りてぞ、国の司もほほゑみたる。


大納言、自ら竜退治に出かける

 ところが、大伴大納言、連絡が来るのを昼も夜もずっと待ち続けていたんだけど、1年以上経っても、部下からは何の音沙汰も無し。それで、不安に思って、どういう状況になっているのか、こっそりと調べようと、お供は二人だけにして、自分は身分がバレないようにわざとみすぼらしい服を着て、難波の港まで行き、そこにいた船頭に
「『大伴大納言の部下という人が船に乗って出かけていって、竜を倒し、その首についている珠を持ってきた』なんていう話は聞いたことがありませぬか?」
と聞いてみると、
「は? 何じゃ、その話?」
と船頭が笑って、
「そもそも竜を退治に行くなんて言われたら、誰も船なんか出さねえよ」
と答えたんだよね。すると、大伴大納言「こいつ、いくじなしの船頭だな。俺の武勇を知らないから、そんな事を平気でいうんだろう」と思って
「おまえ、私を知らんのか? 私は大伴大納言だぞ。私の弓なら、一発で竜をしとめて、首の珠でも何でも取ってやるわい。もう、グズグズしている部下どもなんて待っていられるか。おい、船頭、船を出せ」
とすごむと、船頭が完全に恐れおののいて、それで、言われたとおりに船を出すことになってしまったんだよね。ところが、そのまま竜を探して海をあちこち探しているうちに、いつの間にか、九州の沖の方まで出てしまっていたのさ。

<ワンポイント解説>
 大伴大納言は「威勢だけはいい」っていう手合いのようで、よく「俺は昔、ヤンチャしてたんだ」という人と似ているのかも知れません。でも、実際は・・・というのがこの続きで分かります。

<参考用原文>
 遣わしし人は、夜昼待ち給ふに、年越ゆるまで音もせず。心もとながりて、いと忍びて、ただ舎人二人、召し継ぎとして、やつれ給ひて、難波の辺におはしまして、問ひ給ふことは、
「大伴の大納言殿の人や、船に乗りて竜殺して、そが首の珠取れるとや聞く」
と問はするに、船人、答へて言はく、
「怪しきことかな」
と笑ひて、
「さる業する船もなし」
と答ふるに、「をぢなきことする船人にもあるかな。え知らで、かく言ふ」とおぼして、
「我が弓の力は、竜あらばふと射殺して、首の珠は取りてむ。遅く来る奴ばらを待たじ」
とのたまひて、船に乗りて、海ごとに歩き給ふに、いと遠くて、筑紫の方の海に漕ぎ出で給ひぬ。

部下はサボるし、大納言は浮かれる

 さて「竜の首の珠を取ってくるまで帰ってくるな」と言われた部下達、とりあえず、その命令に従おうと出かけようとしたところまではいいんだけど、もちろん、みんな竜の住んでいる所なんて全然分からない。それで「どっちに行ったらいいんだろう」と迷って、さんざん悩んだあげく、結局「適当に行ったら、とりあえず、なんとかなるんじゃない」という話に落ち着いたんだってさ。


 でもね、そうやって、モタモタしているうちに、
「全く、俺達の事なんか、これっぽっちも考えずに、女にのぼせあがってよ~」
なんて、悪口を言い出す者が出てくる始末。そして、竜退治のために用意されたお金や食べ物、服などをみんなで分け合って、とりあえず足の向くまま気の向くままと出ていったんだけど、そのまま、サボって家に帰って籠るやつや、ちょっと旅行気分で自分の行きたいところに行ってしまうやつまで出てきたんだって。


 それでもまだ、どうしていいか分からず、全くお手上げ状態でその場に残っていた者たちは、口々に
「親だろうが上司だろうが、こんな手がかりも何も無いような、どうしていいか分からないような事を命令されたってよ~」
と、そのまま悪口の続きをやりだして、ついつい、大伴大納言の悪口大会になってしまったんだって。


 そうとは知らない大伴大納言は、
「こんなみすぼらしい家では、かぐや姫をお迎え出来んぞ」
と、部下たちには「お祈りしている」なんて言っておきながら、その約束なんかそっちのけで、立派な屋敷を新しく建て始めたんだって。その家というのが、漆塗りの壁に綺麗な絵を描き、屋根は様々な色の糸で飾り、すべての部屋には綺麗な絵が描かれた豪華な和服を飾るという念の入れよう。さらには、自分がお世話をしていた女達とは全員と縁を切って、奥さんまでも離婚。かぐや姫が絶対自分の嫁になると確信して、その豪華な家で一人で暮らしていたんだって。

<ワンポイント解説>
 部下に対して、無理矢理「俺の言うことを聞け」と「理不尽な事を平気で言うタイプ」っていうんでしょうか。嫌がられるタイプだろうと思います。部下も簡単にサボってしまいますから、実際には人望があまりなかったんでしょうね。また、部下達も言うことを聞かず取るものだけ取ってサボったり、陰で悪口を言い合ったりしているわけですから、やはり「心の醜い人たち」として書かれていると思った方がいいでしょう。


 さらに大伴大納言は、まだ、かぐや姫と結婚できると決まった訳でもないのに、奥さんと離婚してしまうという、いわゆる捕らぬ狸の皮算用を始めてしまっている訳ですから手に負えません。

<参考用原文>
 おのおの仰せ承りてまかりぬ。「竜の首の珠取り得ずは帰り来な」とのたまへば、いづちもいづちも、足の向きたらむ方へ往なむず。
「かかる好き事をし給ふこと」
とそしりあへり。賜はせたる物、おのおの分けつつ取る。あるいはおのが家にこもり居、あるいはおのが行かまほしき所へ往ぬ。親・君と申すとも、かくつきなきことを仰せ給ふことと、ことゆかぬもの故、大納言をそしりあひたり。

かぐや姫すゑむには、例やうには見にくし」
とのたまひて、麗しき屋を造り給ひて、漆を塗り、蒔絵して壁し給ひて、屋の上には糸を染めて、いろいろふかせて、内々のしつらひには、いふべくもあらぬ綾織物に絵を書きて、間ごと張りたり。もとの妻どもは、かぐや姫を必ずあはむ設けして、独り明かし暮らし給ふ。

大伴大納言、部下に命じる

 さて、大伴大納言は、と言うと、部下を全員集めて
「いいか、みなよく聞け。皆の知っているあの竜のことだが、その竜の首には五色の珠がついているのだそうだ。そこで、それを取ってきた者には、何でも願いを叶えてやろうと思う。いいか、皆の者、今すぐ、その竜の首の珠を取ってくるのだ」
と、部下に命じたんだって。すると、それを聞いた部下達は
「大納言様の命じる事は何があってもやらなければならないこと、とは思ってるけどさ~。さすがに竜を倒して、その首の珠を取るなどと言うことは、実際、無理なんじゃないの?」
と、お互いの顔を見てヒソヒソ話。すると、耳ざとくそれを聞きつけた大伴大納言は、
「人に仕える者は、主人がやれと言ったことは命に替えてもやり遂げるという心構えで無ければならぬ。ましてや、今回の首の珠は、インドや中国まで行って取って来なければならないと言うものではない。この国の山や海でも天に昇ると言われている竜だ。それが、どうして、すぐに無理だとそんなに騒ぎ立てるのか。情けない」
と大声で言うと、それを聞いた部下達も
「分かりました。それでは、取ってくる事にいたします。どんなに難しいことでも、命令に背くわけにはまいりません」
としぶしぶ承知。それを聞いた大伴大納言、大笑いして
「おまえ達も、私の部下として名前を知られていて、それで良い思いもしてきたであろう。それなら、私の命令に背くことなど出来るわけがない。さあ、竜の首の珠を取りに行ってこい」
と大声で命じ、竜探しの旅に必要なお金や食べ物、衣服などを出来る限り与えて、
「私は、おまえ達が帰ってくるまで、ずっとお祈りをして待っていよう。だから、おまえ達も、竜の首の珠を取ってくるまで、帰ってきてはならんぞ」
と言って、部下を送り出したのさ。

<ワンポイント解説>
 大伴大納言というのも日本書紀に出てくる実在の人物名で、672年の壬申の乱のときに功績があった武人。ですから、当時の人たちは、おそらく「大伴大納言」と聞いただけで軍隊を率いているということが分かっていたのではないかと思います。


 また、竜というと「竜巻になって天に昇っていく」とされていました。竜巻に「竜」の字が入っているのは、そういう伝説をふまえてのこと。そして、その竜巻は日本の各地で見られていたわけですから「外国に行かなくても日本で捕まえられるだろう」と言うわけです。他の人が持ってくる物に比べれば、まだ、竜の首の珠の方が楽だろう、という気持ちでいたことがここで分かりますね。

<参考用原文>
 大伴御行の大納言は、我が家にありとある人、集めて、のたまはく、
「竜の首に五色の光ある珠あなり。それを取りて奉りたらむ人には、願はむことをかなへむ」
とのたまふ。 男ども、仰せのことを承りて申さく、
「仰せのことはいとも尊し。但し、この珠たはやすくえ取らじを、いはむや竜の首に珠は如何取らむ」
と申しあへり。大納言のたまふ、
「君の使ひといはむものは、命を捨てても、おのが君の仰せ言をばかなへむとこそ思ふべけれ。この国に無き、天竺・唐土の物にもあらず。この国の海山より、竜は下り上るものなり。如何に思ひてか、なんぢら難きものと申すべき」
 男ども申すやう、
「さらば、如何はせむ。難きものなりとも、仰せ言に従ひて求めにまからむ」
と申すに、大納言、見笑ひて、
「なんぢらが君の使ひと名を流しつ。君の仰せ言をば、如何は背くべき」
とのたまひて、
「竜の首の珠取りに」
とて、出だし立て給ふ。この人々の道の糧食ひ物に、殿の内の絹、綿、銭などある限り取り出でて、添へて遣はす。
「この人々ども帰るまで、斎をして我や居らむ。この珠取り得では家に帰り来な」
とのたまはせけり。