ツンデレかぐやちゃん(竹取物語)

竹取物語を現代風に訳してみました

かぐや姫、手紙を書く

 すると、かぐや姫は、泣いている爺さんの所に近寄って
「私が行きたいと思ってここを去っていく訳ではないのですから、せめて、微笑んで見送ってください」
と言うと、爺さん、
「こんな悲しい思いでいるのに、微笑んで見送ることなんか出来る訳がないだろうに。おまえが居ないと私だって生きている意味は無いというのに、それなのにどうして見捨てて行ってしまうんだい。なあ、お願いだ。私も一緒に連れていってはくれないか」
と言って泣くのを見ていると、かぐや姫も、さすがに心が折れそうになってしまい、それで、
「お手紙を書いておきますから、恋しいと思ったときに、開いて見て下さい」
と、かぐや姫も涙ながらに、
「この国に生まれた者であったなら、お爺さま、お婆さまが悲しまずに済むときまで、ずっと一緒に過ごしましたものを。ですから、何度も言いますけれども、ここから去っていくことは、私の本心ではありませぬ。衣を脱いで行きますから、私の形見と思ってください。月が出たならば見上げてください。このまま、お爺さま、お婆さまを残して月に行くと、途中で、空から落ちてきてしまうかも知れません」
と手紙に書いて、爺さんに渡したんだって。

 すると、月の都の人が2人、箱を1つずつ持ってかぐや姫に近づいて来たのさ。その箱の一つには「天の羽衣」、もう一つには「不死の薬」が入っていて、そのうちの一人が
「壺に入っている不死の薬を飲んでください。汚い所の食べ物を食べていたのでしょうから、さぞ、気持ちが悪かったでしょう」
と、かぐや姫に近寄って来て「不死の薬」を渡したんだけど、かぐや姫は、それをちょっとだけ舐めて、残りをこっそり爺さんに渡そうと思って、爺さんに残していく服の中に包み隠そうとしたんだよね。でも、それが月の都の人に見つかってしまい、
「それはいけません」
咎められてしまったんだ。

 さらに、もう一人が「天の羽衣」をかぐや姫に着せようと近づいて来たときに、かぐや姫
「少しお待ちになってください。この衣を着てしまうと、心が月の人の心に変わってしまって、ここで過ごしてきたことなど、すべて忘れてしまうと言うではありませんか。でも、私には、もう一つ、伝えておかなければならない事があるのです」
と言って、再び手紙を書き始めると、衣を着せようとしていた月の人は、イライラした調子で
「まあ、随分と時間のかかること」
と言ったので、その様子を見たかぐや姫は、
「人の情けの分からないような事は、言ってはいけませんよ」
と静かにたしなめ、そのまま、動じることなく、帝に宛てた手紙を書き続けたんだとさ。

<ワンポイント解説>
 月の都の人も、こうしてみると結構、態度が悪かったりします。もっとも、月からの使者たちは、地球のような汚い所から、早く帰りたかったんでしょうね。
 ここでアイテムが2つ出てきます。「不死の薬」と「天の羽衣」。当時の人たちには、他の物語や言い伝えの中に出てきて有名な物ですから、どんな物なのかは、説明が無くてもある程度把握できていたと思います。
 ですから、「天の羽衣」に関しては、原文では「衣着せつる人は、心異になるなりと言う」しかありません。解釈としては「地球の人間の心から月の都の人の心に変わってしまう」というのがオーソドックスで、そこから「天の羽衣を着ると、地球での出来事はすべて忘れてしまう」という解釈になっている本もあります。ここの訳では、後者の解釈の方を取り入れています。

 また、かぐや姫のセリフの中に「お爺さま、お婆さまが悲しまずに済むときまで、ずっと一緒に過ごしましたものを」というフレーズが出てきますが、これは簡単に言うと「爺さん・婆さんがあの世に行ったとき」ということです。

<参考用原文>
 竹取心惑ひて泣き伏せる所に寄りて、かぐや姫言ふ。
「ここにも心にもあらでかくまかるに、昇らむをだに見送り給へ」
と言へども、
「何しに悲しきに見送り奉らむ。我を如何にせよとて、棄てては昇り給ふぞ。具して率ておはせね」
と泣きて伏せれば、御心惑ひぬ。
「文を書き置きてまからむ。恋しからむ折々、取り出でて見給へ」
とて、うち泣きて書く詞は、
「この国に生まれぬるとならば、嘆かせ奉らぬほどまで侍らで過ぎ別れぬること、返す返す本意なくこそおぼえ侍れ。脱ぎ置く衣を、形見と見給へ。月の出でたらむ夜は、見おこせ給へ。見棄て奉りてまかる、空よりも落ちぬべき心地する」
と書き置く。

 天人の中に持たせたる箱あり。天の羽衣入れり。又、あるは不死の薬入れり。
 一人の天人言ふ。『壺なる御薬奉れ。きたなき所のものきこしめしたれば、御心地悪しからむものぞ』とて、持て寄りたれば、いささかなめ給ひて、少し形見とて、脱ぎ置く衣に包まむとすれば、ある天人包ませず。御衣取り出でて着せむとす。
 その時にかぐや姫
「しばし待て」
と言ふ。
「衣着せつる人は心異になるなりと言ふ。もの一言いひおくべき事ありけり」
と言ひて文書く。天人、
「遅し」
と心もとながり給ふ。かぐや姫
「もの知らぬことなのたまひそ」
とて、いみじく静かに、朝廷に御文奉り給ふ。あわてぬさまなり。