ツンデレかぐやちゃん(竹取物語)

竹取物語を現代風に訳してみました

大納言、竜退治に失敗

 すると、どうしたことか、突然、風が強くなり、辺り一面、真っ暗。その風に吹かれて船がどんどん沖の方に流されていって、どこに来たのかも分からなくなったところに、高い波がザバーンと船に打ちつけてきて、船の中にまで海水が入り込んでくるし、おまけに雷も船に落ちそうになるくらいビカビカと光りまくって大変なことに。そして、その様子を見て大伴大納言は完全にオロオロしちゃって
「いやいや、こんな目には、今まで会ったことがない。いったいどうしんだ、これは」
と大声を上げたんだって。すると、船頭が、それに答えて、
「おいらも長年船に乗ってきたけど、こんな目に会うのは初めてさ。このままじゃ、この船、波に飲まれるか、それでなければ雷に当たって沈没してしまうよ。もしも、神様が助けてくれるって言うんなら、南海の方に吹かれていって、何とかなるかも知れないけど・・・あ~あ、ろくでもないやつの言うことを聞いたばっかりに、こんなところで死ぬことになるなんてよ~」
と、ついには泣き出す始末。すると、大伴大納言、
「船に乗ったら船頭に従えと言うではないか。その船頭がそんな情けないことでどうする」
と怒鳴るんだけど、そういう大伴大納言自身は、船酔いでゲロゲロ。それを聞いた船頭も、
「俺は神様じゃねえんだから、そんな都合良く行くわけねえだろ。突風が吹いたり、波が荒れたり、雷がビカビカ鳴っているんだって、元はと言えば、あんたが竜を殺そうとしたからじゃねえか。突風だって、何だって、これ、全部竜の仕業さ。ほら、あんたも命が惜しかったら、早く神様に祈らねえか」
と言うと、大伴大納言も、竜の怒りに触れたと聞いて、急に背筋が寒くなって、
「分かった。そのようにしよう」
と返事をすると、船頭の言うとおりに
「船の神様、どうか聞いてください。大したことが無いくせに、子供っぽい考えで、ついのぼせ上がって、竜を殺そうなんて言い出してしまいました。今後は、竜の毛の一本にさえ触れることは致しません。ですから、どうかお助けください」
と、その場に立って泣きべそをかいたまま、誓いの言葉を何度も繰り返したんだって。すると、千回くらい繰り返したあたりで、雷はだんだん収まって来て、時折ちょっと光る位になったんだけど、風は依然として強くて、船がどんどん流されていってしまったのさ。すると、船頭が
「この風は、竜の仕業だけど、どうやら竜も怒りを収めて、良い風を吹いてくれたんだよ。悪い風じゃねえよ。良い方向に向かって船が進んでいるぜ」
と難を逃れた事に気づいて、そう言ったんだけど、大伴大納言、完全に竜にビビッちゃって、船頭の言うことも耳に入らなかったんだって。


 それから3、4日風に吹かれているうちに、ある浜に漂着。その浜は、なんと兵庫県の明石の浜。だけど、大伴大納言は、どこか見知らぬ国に漂着したと思って、ため息をついて寝たまま船から出てこようとしなかったんだって。それで、船頭が国の役人に伝えたところ、地方の役人達がやってきたんだけど、それでも、船の底の部屋に籠もったまま、いつまで経っても出てこなかったんだって。
 そこで、浜にむしろを敷いて、みんなで抱えて大伴大納言をそこまで降ろしたんだけど、そこで初めて大納言、見知らぬ国じゃないと言うことに気づいて起きあがったんだって。ところが、その姿が大変な事になっていて、海水を飲み過ぎたのか、重病人のようにお腹がパンパンに膨れ上がり、泣きはらした目の周りもスモモを二つくっつけたように大きく腫れ上がっていて、それを見た国の役人達は、思わず笑っちゃったのさ。

<ワンポイント解説>
 大伴大納言のお腹が膨れていたというのは、原文では「重病人のようにお腹が膨れていた」としか書いてありません。元々持病を持っていたのではないか、という解釈になっている訳もありますが、個人的には、作者は茶目っ気のある人だし、ここでお腹が膨れたということは、何かで腹がパンパンになっていて、それで重病人のようだった、という話にしたのだろうと思い「海水をたらふく飲んだ」という話にしました。

 また、それと同様、目が腫れていたのもずっと泣いていたためとしています。それというのも、本当に重病人なら、迎えに来た役人たちも笑っている場合ではないはずなのですが、笑っているところを見ると、おそらく、大納言の目の腫れをみて、船の底でビビッてずっと泣いたままだったんだと、迎えに来た役人たちが皆、気づいたのだろうということですね。
 ですから、ここでの大伴大納言は「竜が出てきたら、結局、ビビッてしまって、ずっと泣いたままだった情けないやつ」という設定になっているのではないかという解釈をしています。

<参考用原文>
 いかがしけむ、疾き風吹きて、世界くらがりて、船を吹きもて歩く。いづれの方とも知らず、船を海中にまかり入りぬべく吹きまはして、浪は船にうち掛けつつまき入れ、雷は、落ちかかるやうにひらめきかかるに、大納言は惑ひて、
「まだかかるわびしき目見ず。如何ならむとするぞ」
とのたまふ。かぢ取り答へて申す、
「ここら船に乗りてまかり歩くに、まだかかるわびしき目を見ず。御船海の底に入らずは、雷落ちかかりぬべし。もし幸ひに神の助けあらば、南海に吹かれおはしぬべし。うたてある主の御もとに仕うまつりて、すずろなる死にをすべかめるかな」
とかぢ取り泣く。 大納言これを聞きてのたまはく、
「船に乗りてはかぢ取りの申すことをこそ、高き山と頼め。などかく頼もしげなく申すぞ」
と青反吐を吐きてのたまふ。かぢ取り答へて申す、
「神ならねば何業をか仕うまつらむ。風吹き、浪烈しけれども、雷さへ頂に落ちかかるやうなるは、竜を殺さむと求め給へば、あるなり。疾風も竜の吹かするなり。はや神に祈り給へ」
と言ふ。
「よきことなり」
とて、
「かぢ取りの御神聞こしめせ。をぢなく、心幼く、竜を殺さむと思ひけり。今より後は、毛の一筋をだに動かし奉らじ」
と、寿詞を放ちて、立ち居、泣く泣く呼ばひ給ふこと、千度ばかり申し給ふけにやあらむ、やうやう雷鳴りやみぬ。少し光りて、風はなほ疾く吹く。 かぢ取りの言はく、
「これは竜の所為にこそありけれ。この吹く風は、よき方の風なり。悪しき方の風にはあらず。よき方に赴きて吹くなり」
と言へども、大納言は、これを聞き入れ給はず。
 三、四日吹きて、吹き返し寄せたり。浜を見れば、播磨の明石の浜なりけり。大納言、「南海の浜に吹き寄せられたるにやあらむ」と思ひて、息づき臥し給へり。
 船にある男ども、国に告げたれども、国の司まうでとぶらふにも、え起きあがり給はで、船底に臥し給へり。松原に御筵敷きて、下ろし奉る。その時にぞ、「南海にあらざりけり」と思ひて、からうして起き上がり給へるを見れば、風いと重き人にて、腹いとふくれ、こなたかなたの目には、すももを二つつけたるやうなり。これを見奉りてぞ、国の司もほほゑみたる。